同じDNAなのに細胞が違うのはなぜ?遺伝子発現と分化

同じゲノムをもつ異なる細胞が、異なる遺伝子を発現して異なるタンパク質をつくることを示す図 生物基礎
同じゲノムをもつ細胞でも、使う遺伝子の組合せによってつくられるタンパク質が異なる

神経細胞は長い突起をもち、筋細胞は収縮し、すい臓のβ細胞はインスリンを分泌します。多くの体細胞が一つの受精卵に由来するにもかかわらず、形や働きが異なる理由を、遺伝情報の使い方から考えます。

ビオップ

なんでなんで?! 神経細胞と筋細胞は形も仕事も違うから、持っているDNAも別物なの?

わや先生

多くの体細胞は、原則としてほぼ同じゲノムをもっています。違うのは、主にどの遺伝子を発現させ、どのタンパク質をどれだけつくるかです。

この記事でわかること

この記事のゴール

  • 遺伝子発現と分化を説明できる
  • 同じゲノムをもつ細胞の形や働きが異なる理由を説明できる
  • 発現する遺伝子とつくられるタンパク質を結び付けられる
  • mRNA量などの発現資料から細胞の特徴を読み取れる
この記事の位置づけ

DNAからmRNA、mRNAからタンパク質がつくられる流れを、細胞の種類の違いへつなげます。遺伝子を「もっていること」と、その遺伝子を「発現していること」を区別する記事です。

多くの体細胞はほぼ同じゲノムをもつ

一つの受精卵は体細胞分裂を繰り返し、多数の細胞になります。DNAは分裂前に複製され、基本的に同じ遺伝情報が二つの娘細胞へ分配されます。そのため、同じ個体の多くの体細胞は、原則としてほぼ同じゲノムをもちます。

神経細胞だけが神経に必要な遺伝子をもち、筋細胞だけが筋肉に必要な遺伝子をもつ、というわけではありません。多くの場合、両方の細胞が同じ遺伝子一式をもっています。

「原則として」「ほぼ」と表す理由

細胞分裂の過程で塩基配列の変化が生じる場合があります。また、哺乳類の成熟した赤血球のように核を失う細胞や、免疫細胞の一部のように遺伝子領域の組換えが起こる例もあります。生物基礎では、まず「多くの体細胞はほぼ同じゲノムをもつ」という原則を押さえます。

遺伝子があることと、発現していることは別

遺伝子発現とは、遺伝子の情報がRNAやタンパク質として利用されることです。タンパク質を指定する遺伝子では、転写によってmRNAがつくられ、翻訳によってタンパク質がつくられます。

細胞は、DNA上のすべての遺伝子を同じように使っているわけではありません。細胞の種類によって、主に発現している遺伝子が異なります。そのため、ほぼ同じゲノムをもつ細胞でも、つくられるRNAやタンパク質に違いが生じます。

同じゲノムから異なる細胞が生じる流れ

ほぼ同じゲノム → 発現する遺伝子が異なる → つくられるRNA・タンパク質が異なる → 細胞の形・働きが異なる

同じゲノムをもつ異なる細胞が、異なる遺伝子を発現して異なるタンパク質をつくることを示す図
図1 同じゲノムをもつ細胞でも、使う遺伝子の組合せによってつくられるタンパク質が異なる

タンパク質の違いが細胞の特徴につながる

細胞ごとにつくられるタンパク質の種類や量が異なると、細胞の形や働きにも違いが生じます。生物基礎では、個々のタンパク質の詳しい構造よりも、「使う遺伝子が異なることで、つくられるタンパク質が異なる」というつながりを押さえます。

  • 神経細胞:情報を伝える働きに関係するタンパク質をつくる
  • 筋細胞:収縮する働きに関係するタンパク質をつくる
  • すい臓β細胞:インスリンを合成し、分泌する

これらの細胞にも、ATP合成やDNA複製など、細胞の基本的な生命活動に必要な遺伝子は共通して発現しています。違いだけでなく、共通して使う遺伝子もあります。

分化とは、特定の形と働きをもつようになること

発生の過程などで、細胞が特定の形や働きをもつようになることを分化といいます。分化に伴って発現する遺伝子の組合せが変化し、つくられるタンパク質も変化します。

分化は、細胞を優れた状態へ一方向に「進歩」させることではありません。神経細胞、筋細胞、上皮細胞などが、それぞれ異なる役割に適した性質をもつようになる過程です。

一つの受精卵に由来する細胞が、異なる種類の細胞へ分化する流れを示す図
図2 一つの受精卵に由来する細胞が、遺伝子発現の違いを伴って複数の細胞種へ分化する
ビオップ

使わない遺伝子は邪魔だから、分化するときにDNAから切り捨てるの?

わや先生

多くの体細胞では、使われていない遺伝子もDNA上に残っています。遺伝子を捨てるのではなく、細胞の種類によって主に使われる遺伝子が異なるのです。

生物基礎で押さえる範囲

遺伝子の発現を調節する詳しい分子のしくみには踏み込みません。まずは、多くの体細胞はほぼ同じゲノムをもち、細胞によって発現している遺伝子が異なることを理解しましょう。

発現量の資料を読む

遺伝子発現を調べる資料では、mRNA量やタンパク質量が示されることがあります。mRNA量が多いことは、その時点でその遺伝子が盛んに転写されていることを考える手掛かりになります。

遺伝子 神経細胞 筋細胞 すい臓β細胞
遺伝子A(神経に関係) 多い 少ない 少ない
遺伝子B(筋肉に関係) 少ない 多い 少ない
インスリン遺伝子 ほぼない ほぼない 多い
共通に使う遺伝子 ある ある ある
各遺伝子のmRNA量を模式的に比べた例。細胞に特徴的な遺伝子と、共通して発現する遺伝子がある
凡例の位置を明示し、複数の細胞における遺伝子発現量を比較するヒートマップの読み方を示す図
図3 図の下に囲まれた「凡例」で色の意味を確認してから、行と列を比較する

ヒートマップの読み方

凡例とは、図で使われている色や記号が何を表すかを説明する部分です。図3では、下部のオレンジ色の枠で囲まれた「凡例(色が表す意味)」が凡例です。薄い色はmRNA量が少なく、濃い色は多いことを表します。

  1. 「凡例」と書かれた部分を探す:まず、色が何を表すのかを確認する。
  2. 色の向きを読む:この図では、薄い色ほどmRNA量が少なく、濃い色ほど多い。
  3. 行と列を確認する:行は遺伝子、列は細胞を表している。
  4. 同じ遺伝子を横に比べる:どの細胞でmRNA量が多いかを見る。
  5. 同じ細胞を縦に比べる:その細胞で特徴的に発現している遺伝子を探す。
mRNA量とタンパク質量は完全に同じではない

mRNAが多いほどタンパク質も多くなる傾向を示す場合がありますが、翻訳の効率やタンパク質の分解速度なども影響します。問題では、実際に測定しているのがmRNA量かタンパク質量かを確認します。

共通テストでは「何が違うか」を特定する

  1. 比較する細胞は同じ個体に由来するか
  2. DNAの有無・遺伝子の有無・mRNA量・タンパク質量のどれを比較しているか
  3. 発現量の差が細胞の働きとどう結び付くか
  4. 資料から分かることと、資料だけでは断定できないことを分ける

細胞の働きが違うという事実だけから、「ゲノムが違う」と結論しないことが重要です。

確認問題

問1 遺伝子発現とは何ですか。
解答例:遺伝子の情報がRNAやタンパク質として利用されることです。
問2 同じ個体の神経細胞と筋細胞が異なる働きをもつ主な理由を答えてください。
解答例:ほぼ同じゲノムをもっていても、発現する遺伝子が異なり、つくられるタンパク質の種類や量が異なるからです。
問3 分化とは何ですか。
解答例:細胞が特定の形と働きをもつようになることです。
問4 遺伝子BのmRNA量が筋細胞で多く、神経細胞で少なかった場合、何が考えられますか。
解答例:遺伝子Bは筋細胞でより盛んに発現し、筋細胞の働きに関係するタンパク質がつくられていると考えられます。
問5 「分化した細胞では、使わない遺伝子がDNAからすべて失われる」という記述は適切ですか。
解答:一般には適切ではありません。多くの体細胞は使わない遺伝子も含むほぼ同じゲノムをもち、発現する遺伝子が異なります。
問6 mRNA量が多い細胞では、そのタンパク質量も必ず同じ割合で多いと断定できますか。
解答:断定できません。翻訳効率やタンパク質の分解速度なども影響するためです。

まとめ

この記事のまとめ

  • 同じ個体の多くの体細胞は、原則としてほぼ同じゲノムをもつ。
  • 遺伝子発現は、遺伝子の情報がRNAやタンパク質として利用されることである。
  • 細胞ごとに発現する遺伝子が異なり、つくられるタンパク質も異なる。
  • 分化は、細胞が特定の形と働きをもつようになることである。
  • 発現資料では、DNA・mRNA・タンパク質のどれを測定したかを確認する。
わや先生

神経細胞と筋細胞は、違うDNAを一式ずつもっていたのでしょうか。

ビオップ

そうじゃない! ほぼ同じゲノムから使う遺伝子を変えて、違うタンパク質をつくるんだね。その積み重ねが細胞の分化につながるんだ!

Plus|DNA配列を変えずに発現しやすさが変わる

教科書から一歩先へ

DNAの塩基配列そのものを変えなくても、DNAやヒストンへの化学的な修飾などによって、遺伝子が転写されやすい状態・されにくい状態になることがあります。このような調節を扱う考え方がエピジェネティクスです。

分化した細胞の状態が維持される仕組みにも関係しますが、「環境によってDNAの内容が自由に書き換わる」という意味ではありません。塩基配列と発現のしやすさを区別します。

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